期待という言葉について


僕は、普段からあまり人に期待をしない方だと思う。

こうやって書くとなんだか冷たい人間に見えるかもしれないけど、相手のことを思って期待をしない。逆に思いやりのある行為だと思っている。

期待をすることって相手に伝わってしまって、それがプレッシャーになったり、拘束するような要素になったりすると思うんだよね。ある意味、期待は呪い。だと思っているところがある。

分かりやすいところで言うと、家族に対する期待。「帰ったらご飯が出来ていて欲しいな〜」「何も言わないでも家事を手伝って欲しいな〜」「休日くらい家の掃除をして欲しいな〜」こんな感じのことを誰しも思ったことはあるのではないだろうか。思うことはあっても、それを言葉にしない人がほとんどなんじゃないかな

写真で例えると、「被写体にこのポーズしてほしいな!」「自然体でいてほしいな!」なんて思う人もいるだろう。こっちの例えは少し分かりにくいか。

どうであれ、期待をするっていうのは、相手に自分の思想を押し付けていることに近いんじゃないかな。

何かをして欲しいならちゃんと言葉にして伝えるべきだし、無理にお願いをするのを違うと思っている。

今回はそんな期待について、仕事の視点として記事を書いていきたいと思う。

仕事の視点:期待について

前提として、僕はそれなりに良い会社に勤めています。語弊があるな。

大企業とか有名な企業ではなく普通の中小企業です。ブラックな要素もなく、福利厚生もしっかりしていて、企業規模から大きな転勤なんてもほとんどない。休みもしっかり取れて、給与も十分に支給される。不満が何一つないわけじゃないけど、そんな良い会社。

そんな良い会社なんだけど、良い意味で期待はしていません。

と言うのも、アレコレと求めたくないんだよね。本当にしてほしいこと(業務上必要だったり、誰かが不平を被っていたり)は、しっかりと意見をしているんだけど、「察して気がついてくれたら良いのに〜」なんて期待は一切していない。

これって会社に対してだけじゃなくて、同僚や部下、後輩にも言えることなんだと思うんだよね。

業務上必要な命令以外はするけど、察してあれやって欲しいこれやって欲しいなんて期待はしない。それはただの願望だよね。

勝手に期待して、期待に沿わなかったら残念に思う。こんな上司って嫌だよね。

だから僕は、必要なことは伝えて依頼するし、部下には命令もする。出来ないなら出来ないで、一緒になって解決するし、原因を考える。期待はしないで依頼はする。場合によっては、僕が自分でやっちゃうこともあるけど。

期待って、する方よりもされる方が疲れちゃうよね。意外にこれに気がついていない人が多い気がしてならない。

期待をするなら、言葉に出して伝えよう。自分で出来ることは自分でやろう。僕はそういう精神で仕事をしています。

なんだか支離滅裂になっちゃったけど、少しでも僕の視点が伝わればいいな。


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