捨てるのではなく、選択するという考え方


みなさん、明けましておめでとうございます。新年はどうお過ごしでしょうか。

我が家は基本的に家でのんびりしています。正月は当然のように何処も混んでいるので、散歩はお休みしているところです。人混みは夫婦ともにあまり得意ではないし、散歩はゆったりしたい。ゆったりと生活を送りたい。だから、なんだか最近は内省的な思考を巡らせています。

と言うことで、新年一発目の記事はがてらの視点でお届けしたいと思います。

僕が最近考えていること。捨てるのではなく、選択するという考え方についてです。

僕がこの世に生を受け、早40年近く。世間から見ればまだまだひよっこなところもあるけど、これまで色々な選択をしてきました。一見、選択をしなかったものを捨てたようにも見えるけど、僕の中ではまったく捨てたつもりはなくて。ただ、離れてみたり距離を置いたりしているだけ。また近づこうと思ったら近づくことができる関係を保っているだけ。

こんな風に書くと仰々しく見えるかもしれないけど、選択をするのって日常的なことなんだよね。

本当に身近なことで言えば、SNSとの付き合い方を考え直したりもした。元々頻繁に投稿しているわけではないけど、SNSって怖いもので時間をどんどん浪費していくんだよね。SNSだけじゃなくて、ニュースアプリなんかも気がつけばずっとスマホを見ちゃっている。あぁ、こりゃダメだ。と思って、SNSやニュースアプリを消すことも考えたんだけど、それだと必要な情報を得たい時に困ってしまう。世捨て人になりたいわけではないからね。

そこで僕が選んだ方法は、SNSやニュースアプリをアクセスがしにくい位置に配置する。でした。凄く簡単なことだけど、意外にもこれが効果があって。以前よりもスマホへの依存が下がっている気がするんだよね。

こんな感じで、捨てはしないけど使わない方法を選択したのがSNSやニュースアプリ。これはかなり軽い部分の話だけど、実際にはもっと重たい選択を人間は日々しているんだよね。

忘れちゃいけないのが、0か100ではない。捨てるんじゃなくて、選択をする。距離を置いたりして、必要になったらまた近づけば良い。捨てないという設計をする。そんなに重く考えなくて良いことが、世の中には結構溢れている。

少しだけまとめると、捨てるというは完全に断ってしまうことだけど、選択は距離をとって戻れるようにする。この安心感が大事。

世の中で流行っているミニマリスト的な考えとは相反しているけど、僕は捨てられない人だから、これからも選択をして生きていきたいと思う。


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